読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

家族観

ごく最近まで我が家と比較できる家族は物語の中にしかいなかった。

塀には堂々とK党のポスターは貼ってあるし、毎週夜な夜な人が集まってきて御経をあげているのだから、地域に参加しようとしてもあちらに心を開いてもらうということはなかなか難しい。

もともと保守的な地域だし、道路一本を隔てた地区は社会主義政党が幅を利かせている場所だ。

子供会に参加したくとも疎まれ、寄ってくるのは熱心な同志たちと「邪宗」の伝道師たちだけだった。

学校でも何となくうまくいかないし、友達の家庭事情など聞き出せるはずもない。

知っていたとしても同志の家族であり、集会で体験発表をするときに聞くだけだから、当然粉飾されている。

幼年から体験発表は聞いているが、どんなに家族を粉飾していようとも他の同志とぶつかっているところを見ると100%信じることはできなかった。

現実に見、知っている人間の家族についての情報は無いに等しかった。

 

故に私が比較できたのはリアリティのある物語上の家族だけだったのは冒頭の通りである。


絵本は幼稚園児であった私にもっともらしくうつった。

宗教活動で忙しかった親よりも温もりのあるタッチで描かれた絵と登場人物をいきいきと表現する文章は、私を魅了した。

『せんたくかあちゃん』『14ひきの』シリーズは特に印象に残っている。


小学校に入って『ズッコケ三人組』シリーズを読み始めると、ハチベエやモーちゃんの暖かい家庭は絵本よりも現実的に見えた。

ハチベエの家族(八谷家)はたまに「勉強しろ」とは言うものの基本的に放任主義であり、家業の八百屋を少し手伝わされる程度であとは同級生と遊ぶか、釣りをするかである。

しかも帰宅すると家族揃って食事ができるし、会話もある。

我が家などはたまに揃ってもお通夜状態だし、大抵は片親が欠員しているか、冷や飯をレンジでチンして妹と一緒に食べるかのどちらかだった。

 

モーちゃんの家族(奥田家)は父親こそいないものの、母と姉とでやはり会話のある食卓を囲んでいる。

このモーちゃん、大らかで柔い人間である上にクラスの女子からも人気がある。

奥田家の母がどう彼を育てたのかまでは忘れてしまったため省く。

 

さて、ハカセの家族(山中家)は、と書きたいが、山中家は我が家との共通点があるため、あまり魅力的には見えない。

父がのけ者にされており、鈍臭い妹との付き合いに苦労し、食事中、父親は黙っているか妻から小言を言われてそれに苛立たしく返答するのだ(これらの偶然の一致は、八谷家と奥田家に現実味を帯びさせた)。

 

中学高校でも色々な物語や小説を読んだりテレビ番組を見たりしたが(このあたりのことは後日気が向いたら書きたい)、どれを見ても「こういう良心的な家族が現代日本のどこかにいるはずだ」という思いしか出てこない。

とすれば、我が家と比較できるのは悪くても山中家しかないわけで、それよりも悪い家族は知らないから、我が家は自分の見聞き知っている限りは最悪の家族だったわけだ。

 

しかし高校を中退し、1日中ネットサーフィンをしていると我が家など消し飛んでしまうくらい仲の悪い家族がそこにいた。

インターネット上にいる同志や、同志でなくとも悲惨な状況に陥っている家族が初めて目に見えたのだ。

束の間の優越感に私は浸った。

ともかく気味がいいのだ、こんなちゃらんぽらんな家族に比べたら我が家なんか可愛いもんだ、と。

 

大学に入り、煙草を吸うようになるとその優越感は一気に壊された。

家の中では吸えないから、私は玄関先で吸っている。

いつものように煙草をくゆらせていると、向かいのおばあさんが出てきた。

煙草に火を付けようとしているのだが、オイル切れだろうか、ヤスリが擦れる音しかしない。

「火、貸しましょうか」と問うと彼女は道路まで出てきたから私も道路に出て、ライターで着火してあげた。

若干気まずい空気はあったが、彼女は急に自分の家族の話をし始めた。

「休みになると孫娘が子供たちを連れてきてうるさいけど…すみませんね」

「ああ、元気ですよね、いつも走り回ってるみたいで…」

隔週で家の前にとまるワゴン車はどうやらそれらしかった。

ヤンママとその夫が子供2人を連れてきて、近くの公園で毎回遊んでいるのだが、どうやら彼女の孫とその家族だったらしい。

 

「あの子、高校のとき一度息子と殴り合いの喧嘩になったことがあるけど、今はあたしたちによく孝行してくれてるよ」

知らなかった、ずっとお向かいのはずだったのに、私は何も知らなかった。

かなり険悪な仲に落ち込んだ家族もここまで回復できるのだ。

ひょっとしたら今までネット上で見てきた家族たちも将来はこうなるのかもしれないと思うと、急に優越感は弾け、劣等感が襲ってきた。


この劣等感から逃れるには家族仲を改善するしかない。

先のヤンママや、あるいは稼ぎ手が遠洋漁業や単身赴任している家庭のように、実家との物理的距離をあければある程度は互いに頭が冷えるのではないか。


春からの一人暮らしは結果的に家族仲の改善に繋がるかもしれない