読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ロシア査証

ロシア連邦大使館は、不動産登記簿上の所有者は「ソヴィエト社会主義共和国聯邦」になっているのだそうである。旅行を計画し、それを実行するためにO君とともに日比谷線の神谷町駅を抜け出した。実行第一歩目は予報外れの雨に見舞われたのであった。雨に濡れそぼりながら、機動隊諸君が着ているレインコートを傍目に見ながら我々は「ソ連」の土地を目指した。

領事部の入り口は狭く、その隣に警察官が立っていたり、歩道をブラブラとしていた。交番の警察官のような気の抜けた立ち方ではなかった。鉄の扉を開け、さらにもう一枚扉を開くと短い階段の後にまた扉があるのであった。

さて、ロシアの観光査証を取得するには旅行会社に旅行確認書(バウチャー)を発行してもらわねばならない。バウチャーには交通機関、宿泊施設等の料金は払込済みである旨の文章が書かれ、どの都市のどのホテルに泊まるか、出入国日はいつか等々、ロシア国内における全ての日程が予定されているということを示している。ただ、馬鹿正直に日本の旅行会社を通じてバウチャーを発行してもらい、その上ビザの取得まで代理させるとなるとべらぼうに金がかかるのであった。ただの紙切れに1万円も払いたくはなかった。そこでロシアの旅行会社に直接発行させることにした。すると、大使館までは自分で行かなければならないが1300円くらいでバウチャーの発行ができてしまうのである。日本の旅行会社も結局はロシアの旅行会社に依頼して発行するようであった。ただ、そのロシアの旅行会社のウェブサイトには「ホテル欄は実際に泊まるホテルでなくてもよい」と書いてあった。バウチャーの制度は有名無実化しているのであろうか。それともロシア政府が黙認しているだけなのかもしれない。

ともかく、我々は銀行や郵便局に置いてあるものとなんら変わりのない受付票をとり、なんら変わりのない機械のアナウンスで窓口に呼ばれた。受付の係官との間にはガラスがあり、下部にインターホンがはめ込んであった。さらにその下のテーブルには箱が埋め込まれていた。そこへバウチャーと申請書、パスポートを放り込むと係官がレバーを押し、箱を彼の手元へ持っていった。ほんの数秒バウチャーと申請書を交互に見、パスポートをめくっていたかと思うとおもむろにスタンプをパスポートにバン、と押し始めた。

「受け取りはいつにしますか?(ウケトリワイツニシマスカ?ではなかった)」

観光ビザは、11労働日以降は無料で発行することができる。無論私はこの良心的価格を選んだ。

「○日に」

「○日ですね、×日に出来上がるので、それ以降自由に来てください」

「わかりました」

「隣の窓口にお並びください」

隣の窓口には、彼の母親くらいの係官が黙々と引換証の印刷とサインを繰り返していた。列に並んで彼女が黙って印刷機を見ているのを私がまたそれを見ていると、さっきの男性係官の列に並んでいたO君の前にロシア人女性が入って係官と押し問答をやっていた。あとで訊いてみたら何か項目のことで揉めていたらしい。それを眺めているうちに母親係官は印刷を終え、サインを書いた引換証を箱に入れて私のほうへ動かした。それをとりクリアファイルにしまった。あとは何もなさそうであるから私は引き下がった。彼女は終始無言であった。

O君を待っていると、押し問答の女性が帰ってきて係官とまた何かやりあっていた。たぶんその子供であろう、男の子が私の足元でキョロキョロと待合室を見渡していた。彼の書類で揉めているのだろうか。

我々は本降りになった雨の中を地下鉄の駅へ向かって歩いていた。これは幸先の悪い天気であっただろうか。いや、そんなことはないであろう。この時の私は大使館で何の問題もなく書類を提出したというだけで湧いてきた自信で、この旅行の安寧を確信していた。