読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

НАРИТА

ロシア機は古いという固定観念もまた古かった。成田空港に駐機しているのは隣にいる全日空機と同じくエアバスだった。チェックインは厳格だろうと思い、ありもしない英語を強引に引き出して不測の事態に備えたのだが、カウンターに並ぶのは客も従業員も日本人がほとんどであって、私の一夜漬けは試験よろしく徒労に終わった。15:40発、19:20着、時差を差し引きして2時間40分のフライトだった。夕食時でもなかったから機内食トルティーヤ一つの簡素なものだが、案外おいしかった。駐機場から滑走路へのタキシングの間に、背が高く肩幅も広いスキンヘッドのロシア人乗務員が乗客に緊急時の脱出について実演しながら説明していた。首にかける浮き輪を彼がかけたとき、まるで赤ん坊のようだった面白くそれを見ていた。彼がせわしくお茶を配り、ゴミを回収したかと思うとエアバスは降下を始めた。眼下にはただ一面の草原と沼が広がっていた。だだっ広い草原と沼、これしか見えないのにますます降下する、まだ降下する、紅白のチェック柄の小屋がすぐそばに見えたと思ったらエアバスは滑走路に進入していた。駐機場には軍用のヘリコプターと小型旅客機が肩を並べ、我々の機体は幅を利かせていた。
ボーディングブリッジで赤ん坊乗務員に見送られるとターミナルへつながる部分の最深部から水色のカッターシャツを着、カーキ色の制帽を被った警備員がこちらを見ていた。近づいていくと、日本にいても違和感のない顔立ちの警備員がいた。彼は飛行機から最後に降りてきたグループについてきて入国審査場の一番後ろに立ち尽くしていた。大きなグループの後ろにつき自分の番を待っていると、後ろから警備員が呻き、振り返ると彼は私に「右が空いたから行きたまえ」とばかりに「審査中」のサインが点灯したブースを指し示した。恐る恐る近づいてみると審査中の人間はおらず、代わりに面倒くさそうな顔をしたおばさんがアクリル板の向こう側にいた。「もう上がりにしたかったのに」と言わんばかりであった。私のパスポートに無言でスタンプを押し、さっさと返してきた。
面倒くさそうなのは税関も同じであった。ターンテーブルのそばに税関職員らしきグループがいたのであったが、入国カードも荷物の開示も要求せず、我々は黙ってバックパックを受け取り到着口へ歩くのみであった。
ウラジオストク国際空港から市街地へと走る白タクの中で、私は自動車販売店が連なっているのを認めた。日産、トヨタマツダ、スバル……。販売店だけではなく、周りの車も日本車がほとんどであった。この国は右側通行右ハンドルなんだな、と思わせるくらいに日本の中古車が多かった。この白タクもプリウスの中古らしく、乗り込むなり「ETCカードが挿入されていません」と間抜けな自動音声を発していたのであった。運転手はずっと無言であるし、窓の外には日本の郊外とそう変わらない景色が続いていた。俺は旅行先にロシアを選んだけれどもこれでよかったんだろうか、国内旅行と同じように終わってしまったらつまらない。随分スピードを出すようだけど、いま何キロくらいで走っているんだろう。暇つぶしがてら運転席のほうを盗み見ると、スピードメーターがない。脇のモニターには「エネルギーモニター」と書いてあって、外気温とバッテリーの状態が表示されている。ダッシュボードのほうにあるかもしれないと思って首を伸ばしたが、やはりない。ほかの部品は揃っているのになぜかスピードメーターだけはないのであった。事故を起こさなければそれでいいや、と観念したが一キロもいかないうちに事故車に出会い、名古屋よろしく割り込みをしてくる車を相当数見たのであった。合流点が増え、だんだんと道は混んできたが運転手は何食わぬ顔をしてウィンカーを出さずに列へと割り込み、エンジンをふかした。白タクはカーブを抜けた。フロントガラスからはテレビでしか見たことのないヨーロッパふうの街並みが見えてきた。奥にはビルも生え始めていた。ほどなくして渋滞につかまり、私は左右を見渡した。水色やオレンジ色、薄緑の背の低い建物たち、キリル文字、不格好なナンバープレート、歩道を行く人々から聞こえてくるロシア語、店先で流れている大音量の音楽、エトセトラ。やはりここは日本ではない、ここはロシアなのだ、ここはロシアなのだ……。