読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『八甲田山』

この映画を初めて見たのは休学前のことだった。

170分と長い映画だから、講義の合間を縫って見ていた。
本を読むときもそうなのだけれども、間に長い時間を挟んで見るのと一気に見てしまうのとでは、受ける印象が随分と違う。
見る場所も同じように、落ち着いた場所でないと考えなしに読んでしまう。
今回は緊張感漂う図書館の狭いブースではなくて、自室のパソコンに向かって鑑賞したから、真剣に観ることができた。
 
この映画は、実際に冬の八甲田山系や岩木山で撮影されている。
氷点下での撮影や演技は過酷だったろう。
とはいえ、その過酷さがCGや特撮を超えた臨場感を生み出しているのは確かだ。
凍てついた外套、紫色の肌、ホラー映画では作れない現実にある恐怖(例えば、真夜中の防災無線)をよくフィルムに収めたと思う。
その最たるシーンは、兵卒が捕まった木の枝に血を残しながら滑落してゆくところだった。
誰も落ちる兵卒に関心をもたないのだ。
士官はまだしも、自ら望んで軍隊に入ったわけではない兵卒たちはどのような思いで死んだのか。
 
また、多数の犠牲者を出した神田大尉(史実では神成大尉)率いる青森第5連隊と、見事踏破した徳島大尉(同じく福島大尉)率いる弘前第31連隊とが対比されて描かれている。
神田大尉は小隊編成を考えていたが、トレッキングの様相を呈した日帰りの予行演習の結果により、大隊長から中隊編成とすることを命ぜられ、しかも大隊本部と自分の指揮下以外の隊からの兵を率いることとなってしまった。
一方徳島大尉は、連隊長同士の約束(青森隊と弘前隊を八甲田ですれ違わせる)により青森隊よりも大きく迂回して八甲田に突入することとなり、そのため小隊編成、精鋭主義でゆくこととなった。
当然弘前隊に比して格好がつかないことを咎められるのだけれども、行程を示して理由を説明すると、渋々ではあるが承諾された。
 
よく神田大尉の青森隊が「日本的な硬直した組織」と評されるけれども、軍隊はどこの国でも硬直していなければ指揮系統がバラバラとなってしまうから、上官に対してあれこれと言う者は、迅速な行動の妨げになってしまう。
また神田大尉の初めての雪中行軍がトレッキングとなってしまえば、それを見た上官も雪中行軍恐るるに足らずという認識を持ってしまうのも致し方がない。
仮に神田大尉が小隊編成を頑なに主張していたとしても、大隊は聞く耳を持たなかっただろうし、小隊で出発したとしても遠足気分の兵は良くて凍傷を負っていただろう。
徳島大尉は過去、岩木山にて雪中行軍を成し遂げた実績があり、八甲田に対しても用意周到に準備を行っていたし、なぜ小隊編成なのかを上官に説明し、それに納得した。
上官の命令に疑問を呈しながらも認めてしまった神田大尉と、連隊長同士の約束を考慮しつつも、その中で一番リスクの少ない方法をとり、上官もそれに応じたという対比が「日本的組織は柔軟さが欠けていて良くない」という安直な言葉で語られるのは、青森隊の悲惨さを見て出てくる結果論だ。
経験に基づく判断、つまり徳島大尉の成功の再生産が「日本的」でないという理由がどこにあろうか。
ただ自分のいる組織を、『八甲田山』を通して叩いて、それで満足するだけならそれでいいかもしれない。
けれども「日本的組織」にいる自らの経験と通して青森第5連隊を叩く行為はあまりにも下劣だ。
同様に弘前第31連隊を叩いてもらわねばいけない。