中央防波堤

埼玉、千葉、神奈川、果ては山梨から東京まで勤めに通う人々の傲慢さを18歳のときから何度も見てきた。所詮は田舎の住まいなのに都区内で働くくらいで地元の友達をなぜか見下す節があったのは不思議だった。練馬区でも大泉、板橋区なら高島平、北区なら浮間あたりなんかは全然田舎だ。晴海通りの東銀座駅あたりで信号待ちをしていたら、タクシーに乗ろうとしたサラリーマン風の男がオートバイのミラーにぶつかってきた。こちらが何かしたというわけでもなしにわあわあと大声を上げ始め、俺は浦和へ帰るんだ、銀座で遊べるくらいの人間なんだとか色々と個人情報を伝えてきた。浦和?ああ大宮の近くの…埼玉のね……浦和に浦はなけれど大宮に宮あり……。おっさんの唾を浴びながら黙って彼を見ていると、部下らしき人が諫めに入ってタクシーに乗り込んでいった。

銀座にいるだけで偉ぶれるのなら、豊洲では金持ちぶって山谷で貧乏ぶり、三鷹では文化人ぶって武蔵村山ではチンピラぶりながら生きる人間は浅ましい人たちなんだろうな、と思いながらようやくオートバイを発進させた。港区に自宅を買ったがために自分を凌ぐ金持ちと付き合わなければならず貧乏しているおじさんの話を雑誌記事で読み、世田谷に家を建てたはいいものの、火事になれば消防車も入れない道幅のせいでその一帯が灰に帰すのを見つめるしかない家族。檀家にポルシェが見つからないように隣の市に駐車場を持つ町田の和尚、多摩センターに住んでいるがために軽自動車を余計に持つ建築家、この東京という狭い狭い場所で「その土地に馴染んでいるように振る舞う」だけでかなりの労力が必要で、名を捨て実を取るというのは本当に難しいらしい。

 

台場でワーキャーしている金持ちぶった若者の対岸には埋立地の中央防波堤が鎮座する。ダンプだけが行き交って人の往来は全く、言葉通り全くない。街宣車の墓場で人形が眠っているだけだ。四六時中メタンガスを抜き、地面から水を出さなければ浮いてもいられない土地。豊洲ももともとはこんな土地だったのかと思うと、タワマンの最上階に向かって「おめェもボスになったんだろ?この瓦礫の山でよぉ」なんてセリフを吐いてみたくなる。東京都江東区青海三丁目地先が暫定的な住所だけれども、帰属先が確定すれば無毛な地に茫洋とした人たちが集まるんだと思う。