雨の響きで眠れぬ夜は

前にレンタカー屋でバイトしていたことを書いたと思いましたが、ああやって心が荒んだのは区内の営業所にとばされてからの話で、その前は郊外のまあまあ暇な支店で夜勤をしていました。金土日はやはり忙しいけれど他支店へ車を回送する業務が多く、接客で一喜一憂するような感情にさわるようなことではなくとても楽だったことを覚えています。

平日の夜なんかはとても暇だったわけです。日付が変わるあたりからペアを組んでいる人と時間を3、4時間ずつに分けて、動く予定のない車の中で眠ったりコンビニへご飯を買いに行ったりして休憩時間を潰していました。監視カメラも敷地の中を全部映しているわけではないし、バイクつながりの友人が遊びに来ることもありました。

その中で、雨の日だというのにスクーターに乗って遊びに来た人がいました。同じ系列のレンタカー屋を辞めた人で、ペアのおじいさんバイトとは知り合いだったようですから、スカイラインだとかマーチだとか、やたら日産車の話をしていたと思います。そのうちに休憩時間がきて、僕はウィングロードの中で暖をとることにしました。すると彼も一緒に車内に入っていいか、と聞いてきましたから特に断る理由もなく助手席に座らせました。そこからバイクの話、レンタカー屋の話、そしてどう話したか、互いの親の話になりました。

彼の父親は転勤組、母親は兄を偏愛する少しヒステリックな人のようでした。いつも比べられ、弟である彼は落ちこぼれ扱いの典型的な話に出てくる家族だなあと思っていると、家にいるのが嫌になって地方に住んでいる恋人のもとへと行く展開を迎えました。大学を辞めて、もらい婿として先方の家業を継ぐつもりでいたようでした。親に反対されながらローンを組んで買った車に乗って、いざ出発というときに両親は玄関に出、交差点を曲がるまで車を見守っていた。そこで初めて彼は親のことが心配になったそうでした。結局、彼は先方にいいように使われ、しかも車は勝手に売られてその金は手切れ金とされました。

僕が驚いていたのは彼がこんな不遇な人生を送っていたとは思えなかったことと、酒を飲まなくても腹を割って話してくれる人がいる、という事実でした。雨がルーフを叩いて音を立てる中で、僕たちはざっくばらんに話しをしていたのです。今までの似たような経験は必ず側に酒がありましたが、それがなくてもできるのだという気づきを得ました。今まで無理してでも飲まなきゃいけないなんて思っていた自分はなんて浅はかだったんだろう、素面でもこんなに話せるのにどうして酒がいるんだろう。

休憩時間は終わって、彼は帰って行きました。僕は事務所に戻って、やたら乾いた暖房と蛍光灯の優しい光に包まれて、机に突っ伏して、幸福感に浸りながら居眠りをはじめたのでした。